あの、夏
「あの、夏」
「あの」の次に句読点がある。
この句読点、じっと胸にくるものがあるのは私だけだろうか。
このフレーズを見て何を思い出すだろうか。90代以上の人は昭和20年8月15日の玉音放送だろうか。
戦後生まれの人は、幼い時代のセミ取り、キリギリスの追いかけっこ、スイカ割りだろうか。
いろんな思いが交差する「あの、夏。」
8月21日信濃毎日新聞の「今日の視角」に掲載された
落合恵子さんの書かれた「あの、夏は」は私には切ない。
戦後の豊かさを享受してきた私たちの世代にとって、
あの、夏を送れてきたのは、落合さんの書かれた「男の人」のお蔭があるからだ。
落合さんの文章。
海での最後の夜は花火をした。どのくらい私たちは花火で遊んだだろう。
奥から出てきたのは、ここに来て1度も会ったことのなかった男のひと。
畳の上を両手に力を込めて滑るようにしてその人は歩くのだった。
1人がわっと声を上げ、庭の向こうに出て行った。
その家の子が、戦争から帰ってきたおじちゃんだとつぶやいた。
やさしい人だよ、とも。
戦後80年。いい文章に出会った。
落合恵子さんの文章、多くの人に読んでほしい。