「寒空に 君の吐く息 白となる」
寒くなってきた。日曜の朝は、とりわけ冷え込みが厳しく感じる。窓ガラス越しに見える駐車場は薄い氷の膜を張ったように静まり返っていた。
朝7時過ぎ太陽がゆっくりと山の端から姿を現した。最初は弱々しい光ではあるが、顔を見せ始めると一気にエネルギーが爆発するよう大きく、速く、これこそ太陽と、急上昇しはじめ、下界を一気活気づける。
私はその頃合いを見計らって、妻の車椅子をそっとデッキへ押し出した。朝の冷気が頬を刺すようだったが、どこか清らかで、心を一度白紙に戻してくれるような凛とした空気だ。
妻の肩にショールをかけ、背中を軽くさすりながら、「寒くないかい」と声をかける。妻は言葉少なに、「寒くない」と反応してくれた。
吐く息が白くなるほどの寒さであったが、東から差し込む光に照らされ、その白い息はまるで小さな雲がふっと生まれては消えていくようだった。私はその一瞬一瞬が愛おしくて、ただじっとその横顔を見つめていた。
かつては忙しない毎日の中で見過ごしていた妻の仕草が、今では心の奥深くに染み入ってくる。寒空の下、妻の吐く白い息は、確かに“生きている”という証のようでもあり、日曜の静かな朝を照らす灯りのようにも思えた。
車椅子の妻と迎える冬の日曜の朝。
家の外を二人並んで、宝石のようにキラキラした霧氷が残るブドウ棚を眺めながらのウオーキングはできなくなったとしても、同じ空気を吸い、同じ景色を眺め、同じ寒さに肩を寄せ合える時間がある。そう思うと、この冷たさでさえ、どこか温もりを孕んでいるように感じられた。
白い息がふわりと昇り、寒空に溶けていく。その瞬間に、私はふと一句が胸に浮かんだ。
「寒空に 君の吐く息 白となる」
その白さは、儚く、そして確かだった。
冬の朝、私たち二人の静かな祈りのように。